2010年01月21日

古民家のことば WA

民家の良さを残し、現代感覚や新しい意味を加えていくところに再生の面白さや難しさがある。

建築は一度に造られるものではない。
有名な神社仏閣や建築は何度も手を入れられている。

民家再生も現在に到るまでの生涯をさらに延長し、最も美しい形にするための作業だといえる。
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古民家のことば カール ベンクス


日本の伝統的木造建築の技術は世界最高だ。

何故それを惜しげもなく捨て去るのか?

日本人は宝石を捨てて、砂利を買っている。


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古民家のことば ヒトラー


その国の民族を絶滅させるには、その国の文化財を絶滅する事だ。

(ヒトラーは大量殺人とともに征服した国々の文化財を意図的に破壊した。

戦後ポーランド等は「自国の文化財や歴史的街並みを復元、あるいは保存する事は、自らの民族の存在の証である」として復元に取り組んだ。

一方、戦後もっといえば日本の近代化の100年は、近代化という号令のもとで、日本的、伝統的な家や街、風景の形を無残に破戒し続けてきた。)


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古民家のことば 京都の棟梁


桂離宮を修理したら、壁の中に使われていた縄がぜんぜん腐っていない。

中の竹もピッといきていた。

300年間、土や竹が呼吸していた。
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古民家のことば 孟子


「食は体(たい)を養う」

「居は気を移す」

(住まいは、その人の性格や考え方、あるいは行動様式、価値観をも決めていく。)
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古民家のことば C.W.ニコル


土地は君のものかもしれないが、風景は我々のものだ。


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古民家のことば チャールズ皇太子


イギリスの建物は、木や草花と同じ、土地から生え育ち、その土地の風景に溶け込んでいる。

イギリスの建物はNatural grouwth

あるがままに育っている。

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古民家のことば 清家清


よい建築用木材を多く蔵したからすぐれた木造建築がうまれてきた。
一方で巨材が無くなるとともに不良材を良材にする木工技術が進歩した。

地震・台風など横方向から働く外力への対策として木造が強い。

木造建築の火災の死亡者より不燃建築の火災で死ぬ人のほうが多い。
木造建築の方が火災に強い。近代建築のパラドックス。

木は300度程度の高温で燃えだすが、熱の伝度が悪く、一定以上の太さがあれば材の芯はいつまでも燃えないから十分耐久性がある。
鉄は800度程度で飴のように曲がってしまう。鉄の階段など信用できない。

木は断熱材。暖かい。高温多湿の日本では家の材料として最適。

木の強さ:木材の中では弱いとされる杉でさえ重量当たりで比較すると引っ張りで鋼の約四倍。圧縮でコンクリートの6倍も強い。

日本の厳しい風土は、また良質な木材を豊富に育てた。
高温で降雨量が多いため成長が早く、四季がはっきりしていることで、しっかりした年輪ができ材質が優れる。
日本列島が南北に長く標高に高低差あるため、樹木の種類も針葉樹、広葉樹、竹など多い。

家は気候風土・環境の影響を受けながら造られ、変化してきた。
雨の量とその影響を受ける屋根の形状、そこで生育する屋根葦材で民家の地方色が出る。

日本の気候の条件はかなり悪い。
だからこそ日本の建築は良いものが出来た、とも言える。日本の各地を見ても、風雨の強いところ、雪の多いところなどが、温暖なところより、優れた特色のある民家が多い。
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古民家のことば 西岡常一



家は管理さえよければ300年は大丈夫。今の工法はあきせん。建築基準法でやったらだめ・在来工法でやらなければ。

古材を使うとすれば古材のその刻み込んである分を頭に入れて、それに合わせて設計したほうがよろしいですな。なるたけその古い仕事の跡を生かすように。

構造材、柱、梁は中腹以上の木を使う。
山の上へいくほど育ちが悪い。台風にもまれ、肥料も少ない。
仮に谷で100年で直径一尺になれば、峠の木は半分にしかならない。しかし年輪は同じだけ重なっているから非常に強い。
天井材とか長押など装飾的なものは谷の節のないいい木を使う。

300年もたすにはヒノキなら樹齢60年位で大丈夫。ケヤキはヒノキより強度はあるが耐用年数は短い。

昔は山に合わせて、その木に合わせて家を作るほかなかった。山の上の木は狂う木が多い。

材木は一年くらい前に切って乾くまで山に置いた。
切るのは秋口から春に2月まで。今は何時でも切っているが虫がつく。


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古民家のことば 河井寛次郎


「火の誓い」より

村と家と家との地形に応ずる巧妙な配置については、見ても見ても見尽くす事が出来ない。自分はいつも誰がこんな素晴らしい大きな構図を設計したかと聞きたくなる。
家と家とは…・甲某と乙某とは、どうしてこんな美しい間隔と均衡を保って隣り合わされたのか。相隔たる甲と丁とはどうしてこんな美しい比率で隔離されたのか。瓦と草屋根を誰がこうもたくみに配分したのか。甲乙丙丁、それぞれの家の持つ力を、時には複雑極まるでこぼこの丘地や山の斜面に、誰が一体こんなに見事に配置し組合わせたのか。自分はいつもこの偉大な設計者の前に立って驚かない訳にはゆかない。
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2009年03月27日

冬の叶津番所

真冬の2月14日〜16日、福島県只見町にある叶津番所を訪ねた。

番所とは交通の要所に設置された番人の詰め所、関所の一種である。
江戸時代只見は会津と新潟を結ぶ「八十里超え」と呼ばれる峠として栄え、商人たちが盛んに行き来し、文化や物資が流通した。
その監視のため会津藩はここに番所を設け、藩士が交代で勤番していたという。

この敷地内に県指定重要文化財「旧長谷部家住宅」がある。
築350年、建坪80坪,茅葺き寄棟造の重厚な曲家である。

幕末の戊辰戦争で意に反して官軍と戦った長岡藩の家老河井継之助は、長岡城落城の後、会津の友軍だったこともありこの地に落ち延び、ここで一夜を過ごしたといわれている。
ちなみに継之助は傷の手当受け若松に向かったがここより5キロほど先の塩沢地区で生涯を終えている。
その最後の様子は司馬遼太郎の小説「峠」に詳しい。
男たるもの最後はこうありたいと思う姿が美しくかつ壮絶に描写されている。
男のロマン。
美学である。

ところで、
知人のN氏が縁あって十数年前この古民家を取得・修復し、地元の人たちとの交流の場、会員制の宿泊所として活用しながら維持管理している。
その活動を微力ながらバックアップする意味もあり私も会員に加えていただき、それを機会に何度か当地を訪れている。

しかし、冬の訪問は初めて。
特に今回は当地で開催される雪祭りの会場に等身大の古民家叶津番所の雪像が作られるというので何はともあれ駆けつけた。

暖冬のため例年より降雪量が少なく雪像作りには苦労したとのことであったが、雪の叶津番所は見事な出来であった。

祭りの夜、神輿が雪上を練り歩く。

雪上を練り歩く神輿

藁をたばねた大きなどんど焼きの火の粉が宙を舞い、無病息災を願う村人達が枝先につけた餅を焼き食する。

どんど焼き

そして雪像古民家叶津番所上空に花火が打ち上げられた。

雪像番所雪像叶津番所に花火

   「凍空に雪の古民家花火舞い」(WA)

雪祭りも、冬の神輿、雪上の花火も初めての体験だった。
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