2010年06月08日

古民家再生物語 21 棟梁 野沢さんとスタッフの皆さん

今回の古民家再生工事を請け負っていただいてる棟梁野沢さんとスタッフの皆さんの紹介をしましょう。

まず、棟梁の野沢 昌夫さん。58歳。

野沢棟梁

中学卒業と同時に山梨県下の建設会社に就職。住宅から大型公共施設まで幅広く現場を経験する一方で夜間学校に通い勉強、2級建築士の資格を取得。

その後自分の納得出来る住宅を専門的に造りたいとの思いで独立し野沢住建(株)設立。まだお若いが建築経験年数43年という豊富なキャリアの持ち主です。

野沢棟梁2

私が野沢棟梁と知り合ったのは8年前の2003年のことでした。

連れそいが琴・三味線の演奏家だったのですが、彼女がたまたま山梨牧丘にある宮城県から移築再生した豪壮な古民家で演奏会をする機会があり、私も同行しました。

その際、野沢さんも演奏会に来られており、古民家再生を施行した人だと施主から紹介されたのが、野沢棟梁でした。

その時の野沢さんは今思うと演奏会に関心があるというよりは、自分が施行した建物がその後どうなっているか、何か問題は起こっていないか、まるで嫁入りさせた娘を愛おしんでフォローしているかのように、建物のあちこちを見回り、柱をなでたりしている姿が印象的でした。

その後、私は土地と古民家探しに度々牧丘地区を訪れるようになるのですが、それから3、4年後だったでしょうか古民家再生中の現場に遭遇しました。

その現場はまるでセルフビルドのようなゆったりしたペースで再生工事が進んでいました。

聞くとその現場は野沢棟梁自身が住むための家を造っているとのこと。

私は俄にどのような古民家再生になるのか関心を持ち、その後山梨に出向く時は必ずその現場の前を通るようになりました。

そして出来上がった家が下の写真です。

野沢邸外観

野沢邸土間

野沢宅居間

元の建物は山梨県下の古民家だそうですが、棟梁が古民家再生に取り組もうと思った原点が長野県塩尻地区の本棟造りであったことから、その様式の建物にしたと伺っています。

野沢宅後方

先の宮城県からの移築再生事例といい、ご自宅の再生民家といい、実に見事な再生事例だと思います。

そして3年前、私が現在古民家再生中の土地が野沢棟梁の紹介で見つかったという縁もあり、今回の工事を請け負っていただいているというわけです。


次にスタッフの方々の紹介に移りましょう。

まずは大工親方の楠 芳(クスノキホマレ)さん。51歳。

この方も経験年数30年という大ベテランです。

大変寡黙な職人さんで、一見すると野沢棟梁より年配に見え貫禄があります。
知らない人が見ると楠さんのほうが棟梁にふさわしく見えます(笑)。

楠O2

楠o


まぁ、実態は棟梁2人制なのかもしれませんが・・・。 

なお、楠親方は職人さんではあるのですが、なんと1級建築士の資格をお持ちです。

釣りが趣味とのことで仕事が一段落すると太公望に変身するようです。

次に若手の楠 直(クスノキヒトシ)さん。27歳。

楠Y2

檞Y

楠 芳さんの甥っ子とのことですが、お聞きすると楠一家は大工一家とのことで、親族の多くの方が大工業に就かれているそうです。

直さんのキャリアは6年でまだ修行中とのことですが、今回の仕事が自分にとってまとない良い経験・キャリアになると意欲的で、張り切ってやっていただいています。


3人目が古屋 彰彦(フルヤアキヒコ)さん。51歳。

本職は建具屋さん。
建具の仕事と大工の補佐業務が役割です。

野沢古屋打ち合わせ

補佐といってもそこはキャリア年数25年のこれまた大ベテランの1級技能士。

扠首作り

さすがにベテランらしく動きに無駄がありません。
テキパキと緻密に小気味よく仕事をすすめていきます。

最後に、武藤 正(ムトウタダシ)さん。68歳。

以前、野沢棟梁と同じ会社に勤務していた縁で野沢棟梁と一緒に仕事をしているとのこと。
現場のこまごました仕事を一手に引き受け実に真面目に取り組んでいらっしゃいます。

古屋

大工2

高所での作業などの軽やかさはとても68歳とは思えません。


このような現場スタッフ5人とベンクスさんと私の計7人が現在の中心メンバー。
いわば「7人の侍」といったところでしょうか(笑)。 


少数精鋭!?

少数が精鋭を創る!!??

どちらかかはわかりませんが、ともあれ私はもちろんのこと、スタッフの皆さんも楽しんでやっていただいているのが何よりのことと思っています。


野沢棟梁&野沢住建について詳しい事をお知りになりたい方は下記のサイトをご覧ください。

 http://www.nozawa-jyuken.com/

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古民家再生物語S 再生古民家 全貌表れる

2010年5月28日(金)快晴

桜や桃の花が咲く季節が過ぎ、青葉が繁り果実が実る季節がやってきました。

果樹園全景

再生現地へは、車で中央高速勝沼ICで降りフルーツラインを通り牧丘方面に向かうのですが、まさにこの名のとおり路は緑豊かな果樹園の中を通過していきます。

フルーツラインの両側にはサクランボが実っています。

さくらんぼ

今年は天気不純の期間が続いたためいつもより1、2週間遅いとのことですが、6月の初旬から収穫の本番を迎えます。

ほんのり甘い美味なさくらんぼです。

日本で最も良質といわれるぶどうも実り始めています。

ぶどう出始め房

果樹園のご夫婦が実の手入れをしていました。

ぶどう手入れ

一房〃手塩にかけて栽培し、夏から秋にかけて日本一の巨峰が出来上がっていきます。

ぶどう畑耕す



さて、古民家再生工事は屋根設置の段階に進み、建物の全貌がようやく姿を現してきました。

長谷川邸南側遠景

長谷川邸南側外観

内部空間

内部木組み

合掌屋根

長谷川邸外観北側
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2010年06月06日

古民家再生物語R カール・ベンクスさん その2

カール・ベンクスさんとの出会い

私がカール・ベンクスさんに初めてお会いしたのは今から13年前の1998年のことだったと記憶しています。

新潟の辺鄙な山奥にユニークな古民家再生をして住んでいるドイツ人がいると聞いたので興味津々の思いで訪問したのです。

この古民家再生物語の前半にも記していますが、私は1980年代中頃から古民家に関心を持ち始め全国各地の古民家や古民家町を訪れていました。

古民家を再生した家造りにも是非ともチャレンジしたいと思っていました。

そんなことで古民家再生事例が見られるとの情報があればたとえ遠方でも出かけて行って見、撮影するようにしていました。

しかし、当時はまだそんなに事例は多くなく見るチャンスは限られたものでした。

そうした中での情報、それもドイツ人が!。

私は勇んで新潟・松代町に向け車を飛ばしました。

棚田夜明け



初めて「双鶴庵」を見た時の印象は鮮烈でした。

今まで見てきた古民家再生とはひと味もふた味も違う。
日本人の感性、感覚ではなし得ない建築デザインだと思いました。

ほんの少しの間見学して失礼するつもりだったのですが、「双鶴庵」の空間に身を置くと何とも居心地が良く時の経つのを忘れ、結果として2、3時間はお邪魔していたのではなかったでしょうか。

日本の伝統的な和の様式を尊重しつつ、ヨーロピアンテイストというか、程よいモダンさを絶妙に取り入れた建築デザインはまさに目から鱗の思いがしました。

当時私は某情報出版社で住宅関連本の責任者をしていました。

そこでこの素晴らしい家を多くの人に知ってもらいたいと考え、後日編集スタッフを同行し取材で再び訪れました。

この編集記事への反響は確かな手応えがありました。

後年ベンクスさんにお聞きしたところ、この記事が「双鶴庵」とベンクスさんを取り上げたパブリシティ第1号だったとのことです。

この記事がきっかけになったどうかはわかりませんが、その後ベンクスさんは新聞、雑誌、TVにと次々と取材が入り、一躍知る人ぞ知る存在になって行きます。

それと同時にベンクスさんの古民家再生事業が本格化していき、現在では竹所に6棟、新潟県下や首都圏に30数棟、合計40棟もの再生古民家を実現しています。

べんがらの家側面2

ベンガラの家正面

ところで、私はこの出会いをきっかけにその後機会があるたびに松代町竹所を訪れました。

雲海

時にはファミリーでお邪魔し双鶴庵でひと時を過ごさせてもらったり、奥方のクリスティーナさんの手料理をごちそうになったりもしました。

また双鶴庵についで造られたイエローハウスを見、他の場所でベンクスさんが作る再生民家を見てきました。

同時にこの頃よりようやく日本各地で古民家再生が注目されはじめ、多くの建築家による古民家再生事例が出始めてきます。

当初はこんな古民家再生で良いのだろうかと思うような事例や、設計者や施行業者が不慣れなため施主とのトラブルが起きたりといった事例も見聞きしました。

他方で個性的で優れた再生事例も造られてきます。

私は、そうした事例も数多く見させていただき撮影をし、出版物や写真展を通して発表してきました。

そうした経過を経て、結果的に、私および連れあい&ファミリーの感性というか心に響いてくる建築デザインはベンクスさんのデザインだなぁとの思いを深めていきました。

そしていつの頃になるかは分からないけれど、もし私が古民家を再生する時が来たら是非ともベンクスさんのデザイン力・センスをお借りしたい、と思いを定めて行ったのです。

DSC_6537.JPG

現場でのベンクス

ベンクスさんの古民家再生に興味のある方は下記ベンクスさんのサイトをご覧ください。

http://www.k-bengs.com/






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2010年06月05日

古民家再生物語Q 建築デザイナー カール・ベンクスさん その1

今回の古民家再生で私と共同で建築デザインを担当していただいているドイツ人カール・ベンクスさんをここで紹介しておきたいと思います。

ベンクスさんは第2次大戦中の1942年ドイツのベルリンで生まれています。

彼のお父さんは彼が生まれる1ヶ月前に戦死されたとのことですが、お父さんは教会画を修復する画家で、日本の文化を愛し、自宅には浮世絵や日本刀、日本に関する書物が残されていたそうです。
このことが後年ベンクスさんが日本に関心をもつ大きなきっかけになるのですが、中でも建築家ブルーノ・タウト著の「日本美の再発見」には大きな影響を受けたと言います。

戦後、ドイツは東西に分断され、東側に住んでいたベンクスさん家族は東ドイツ国民になります。

しかし、彼は自由を求めて1961年19歳の時、ベルリンの壁が出来る直前、単身で川を泳ぎ有刺鉄線をくぐって西ベルリンに脱出します。

その後、西ドイツで内装の仕事をしている時たまたまTVで見た空手に関心を持ち、空手を習うためにったパリに移住します。

パリでは空手道場に通うかたわら建築デザインオッフィスで働くようになり建築との関わりを深めていきます。

そして1966年、ついに憧れの日本に空手を学ぶために日本大学に留学します。
24歳の時でした。

雲海2


空手留学時代の愉快なエピソードがあります。

彼の190センチ余の身長とがっちりした偉丈夫に目を付けた某映画プロデューサが、当時人気映画シリーズだった加山雄三主演「若大将シリーズ」の柔道の敵役としてベックスさんを抜擢し映画に出演させたのです。

若大将加山雄三と対決しているこの時のスナップ写真を見せてもらったことがありますが、なかなかに堂に入った「悪役」振りではありました(笑)。
(実際のベンクスさんはジェントルで実に心優しい人柄です。念のため・・)

留学中のベンクスさんは空手の練習に打ち込むと同時に、もう一つの関心分野である日本の建築を見て回ります。そしてその美しさ、技術の素晴らしさを発見していきます。

また東京で内装やディスプレーの仕事をしながら建築分野の職人とも知り合いの輪を広げていきます。

7年間の留学の後ドイツに戻り、デュセルドルフで日本の古民具や骨董を扱う店を開きます。そして同時に日本の民家や茶室をヨーロッパ各地に移築する仕事を始め、日本の民家との関係を深めていきます。

この仕事のためにドイツと日本を行き来するのですが、1993年民家移築希望者の依頼を受け新潟の豪雪地帯松代町竹所に初めて足を踏み入れ、山深い中に点在する棚田の素朴な田園風景と1軒の古民家とに運命的な出会いをします。

棚田田植え


棚田

星見峠棚田

古民家は築180年の廃屋同然の茅葺き民家でした。

当時の写真を見せてもらったことがありますが、外観を見る限りでは再生して住もうとはとてもじゃないけれど誰も思いはしない、といったまさに廃屋民家です。

しかし彼はここに「美」を発見したのでしょう。

この廃屋古民家を土地とともに取得し、自ら再生工事に取り組みます。

そして完成したのが日本でベンクスさんが手がける古民家再生第1号、現在自宅として使用している「双鶴庵」です。

DSC_9047.JPG

DSC_9031.JPG





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古民家再生物語P 上棟式

2010年4月19日(金)晴れ

麗らかな春の日差しが降り注ぐこの日、柱・棟・梁などの基本構造が完成し棟木も上がり、古民家再生行程の大事な1つのステップの日を迎えました。

棟上げ全景

棟木2

棟木3

上棟式の日です。

上棟式といっても形式的な儀式は特にはしません。

今後の工事の無事と完成を、そして末永くこの再生民家が生き続けてくれることを祈り屋根の構造体に地元産の白ワインをかけます。

その後春の暖かい日差しの中でスタッフの皆さんと一緒にワインで乾杯し、バーベキューを楽しみます。

上棟式ワイン注ぐ

建築デザインを共同で担当していただいているカール・ベンクスさん、建築を請け負っていただいている棟梁の野沢昌夫さん、スタッフのビック楠さんと甥っ子の同じくヤング楠さん、武藤さん、古屋さんと施主の私の計7人での野外バーベキュー上棟パーティーです。

スタッフ一同

地元産の白ワインがバーベキューに良く相ます。

ワインもバーベキューも実に美味です。

バーベキュー

ベンクス

最高のスタッフと最高の気分で呑むワインは心地よく体内を巡り、ますます気持ちを快くしてくれます。

これまで雨の日が多くスケジュール的に若干の遅れが出ていますが、急ぎ働きはしない方針ですから、それ以外は古民家再生工事はあらゆる意味で順調に進んでいます。

棟上げを祝ってか今日も富士山が顔を出してくれています。

最高の気分です。




「上棟式(じょうとうしき)
日本で建物の新築の際に行われる神道の祭祀である。棟上げ(むねあげ)、建前(たてまえ)、建舞(たてまい)ともいう。
竣工後も建物が無事であるよう願って行われるもので、通常、柱・棟・梁などの基本構造が完成して棟木を上げるときに行われる。式の方法や次第には神社の祭祀のような規定はなく、地域による差異もある。屋上に祭壇を設けそこで祭祀を行うものや、祭壇のみ屋上に設けて祭祀は地上で行うもの、祭壇も祭祀も地上のものの区別もある。
次に、上棟式特有の儀礼として、曳綱の儀(棟木を曳き上げる)、槌打の儀(棟木を棟に打ちつける)、 散餅銭の儀(餅や銭貨を撒く)が行われる。最後に、他の祭祀と同様に拝礼・撤饌・昇神・直会(なおらい)が行われる。
建前、棟上とは普請を生業にする職人がいる地域では、棟梁(大工)が中心になり大工の作成した番付表(組み立て手順書の様な物)を見て鳶職が軸組みの組み立てを行い一番高い棟木を設置する一連の作業を指す。その最後の作業からその後の儀式を上棟式、棟上式という。」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
posted by wa at 14:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 古民家再生